8月4日決勝の小田原記念競輪は郡司浩平(35=神奈川)の2年ぶり6回目の小田原記念優勝で幕を閉じた。
小田原記念最終日はレースカットによる11R制、1Rと2Rが5車立てで行われた。小田原記念は落車が多かったとはいえ落車、失格、体調面による途中欠場は競輪開催では通常のこと。直近の記念でも豊橋(7月25~28日)最終日一般戦は6、6、7車立て、小松島(7月2~5日)最終日一般戦は8、8、8車立て。取手(6月27~30日)は9RでチャレンジFが実施されたが1、2Rは8車立て行われた。
記念の最終日は12R制→11R制に〝戻す〟時期にきている。20年以上前を知るファン、関係者なら思い出すだろうがGⅠが4日制に移行した当時は競輪祭、全日本選抜のGⅠも初日~3日目が12R制、最終日は11R制で行われていた。
4日制記念も13~15年の最終日は11R制で行われた。16~19年はエボリューション、ブロックセブンの単発企画レースが最終日に行われていたが記念は事実上の11R制だった。
4日制記念の12R制は108人が出場する。当時の関係者は途中欠場者の平均数を出した。これは今もできる。落車、失格、欠場者のない開催が好ましいが現実はそうでない。記念は9車立てが理想とはいえ補充選手が多いのもどうか?ファンの「最終日は競走得点より、3日間走った選手の好不調が車券推理に大事。そこに最終日だけの補充選手が多いと難しくなる…」という声が当時は届いた。
またファンが車券購入する1日の資金はレース数が増えたといえ変わらない。現行の記念はトップスターの出場とともに9車立ても魅力の1つ。トップ選手は後半に出走するため、前半戦は9車立てのファンがいる。20年以降のFⅠ戦が7車立てで実施されている以上、9車の車券はGⅢ以上でしか買えない。記念最終日を11R制に戻せば最終日の一般戦2個レースも9車になる公算が大きくなる。
◇中林 陵治(なかばやし・りょうじ)熊本県八代市出身の64歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月の花月園新人リーグ(坂本英一ら59期生)で競輪記者デビュー。以来、現場取材一筋39年。7月28日の熊本地震で崩落した植柳(うやなぎ)橋は私の小中学校の通学路、倒壊した日本製紙の煙突は八代市の象徴の一つだった。


